◆1999年2月第3週のぶりてんコラム◆




2月18日号 NO.218
『NYウエイター物語』〜シーバス女1〜
 シーバス女はしばらく黙ったままだった。
 客がポツリポツリと入り始めたが、私たちウエイター・ウエイトレスの興 味は、カウンターの隅に座った30ビジネス男と20オミズ系女の展開に全 面的に向けられたままだった。
 「でも、オレが働き始めて最初の日なのに、こんなことやってていいのか な」
 私の横でそのふたりを真剣なまなざしで見つめるメグロ氏。このおっさん が教育係だったはずだ。しかし「さあ仕事を教えようか」などという雰囲気 は、彼からはまったく感じられなかった。
 30男がシーバス女に言った。
 「どうしたの? 大丈夫?」
 彼女は何も言わなかった。
 「"大丈夫?"じゃねえだろ。大丈夫じゃねえからいきなりシーバスかっく らってんじゃねえか」
 私は心の中でそうつぶやいた。他のウエイター・ウエイトレスの目も同じ ことを言っていた。
 そしてついに彼女は泣き始めた。その目の前には、まだ一口も飲んでない シーバスが静かに立っていた。
 「ねえ、大丈夫? ねえ」
 男はなんとなく怖がりながら彼女に聞いた。でも彼女はその問いに答えよ うとはしなかった。男はなすすべもなく、時々ウーロン茶をすすりながら彼 女を見つめていた。
 「どうも、いらっしゃいませ」
 問題のふたりにそう声をかけながら店長の権藤さんが、キッチンにつなが る暖簾の向こうからカウンターに入ってきた。ミツイシ氏と入れ替わるカタ チで、権藤さんはカウンターの一番店の入り口に近いところに立った。目の 前にはそのふたりがいた。
 シーバス女が泣いてることに気づくと、彼は言った。
 「あ、女の子泣かせちゃって、この色男」
 男はひきつった笑いを見せただけだった。シーバス女のほうは聞いてもい ないようだった。
 「うちゃー」
 私の横のカヨちゃんが言った。
 「”色男”なんて死語やで」
 権藤さんも、目の前の状況が自分の手に負えるものでないことに気づいた 様子で、それ以上突っ込もうとはしなかった。
 店の入り口のほうで、「いらっしゃいませ」が連呼されている。客が本格 的に入り始めたようだった。
 それらの「いらっしゃいませ」に「いらっしゃいませ!」と応えたあと、 「あ、そうそう・・・」とか言いながら、まるで忘れ物でも取りに行くかの ように権藤さんがカウンターの中をキッチン側に歩き始めた。
 カウンターから出た権藤さんは、フロアーからキッチンへの入り口にある 暖簾の間から、焦りながら「ねえ、カヨちゃん、ちょっとちょっと」と彼女 を呼んだ。
 「どうなってんだよ、あそこ? 何かあったの?」
 「ちょっとあったんですけど、でもいきなり”色男”はないでしょ、店 長」
 「でも、こっちは気を使って言ったんだぜ」
 「それにしても”色男”はないわな。もう21世紀ですよ」
 「そうか。もう21世紀か・・・」
 「いや、だからそこがポイントじゃなくて・・・」
 「カヨ、お客さん入るぞ」
 メグロ氏が言った。
 ビジネスマン風の日本人男性3人がこちらに歩いてくる。
 「いらっしゃいませ」
 メグロ氏とカヨちゃんと私は、ちょっとずつタイミングをずらしてそう 言った。カヨちゃんはすぐにホカホカのおしぼりを3本取り出し、ビニール 袋をむき始めた。
 権藤さんは奥に引っ込み、そのままカウンターの中に戻った。
                      ひろ
               

「ぶりてんNuts」編集部


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