◆1998年6月第4週のぶりてんコラム◆




6月27日号 NO.159
『NYウエイター物語』〜寿司政の人々1〜
ガメラは、突然、暗闇の中から現われた。
一昨日、権藤さんから「ウエイターの件、決まったから、明後日からよろし くね」という電話をもらった。
  予想通りの展開だった。
昨日、私は、面接の時に権藤さんに言われた通り、ウエイター用のユニ フォームをブロードウエーの54丁目ぐらいのところにある店に買いに行 き、ついでに白いワイシャツと靴を「TODAY'S MAN」でGetした。
そして、今、私は午後4時半の寿司政の薄暗い店内に立っている。手には、 昨日買ったばかりのユニフォームとワイシャツと靴が入った「KEY FOOD」の ビニール袋を持っていた。
この前、面接に来た時は、神経質そうなカマキリみたいなおやじが、店に 入ってすぐのところにあるバーで読売新聞を読んでいた。でも、今日はだれ もいなかった。
店の中はシーンと静まり返っている。
私は「ゴメンクダサーイ」と言うわけにもいかず、ただそこにたたずんでい た。
すると突然、店の奥から、背の低いずんぐりむっくりの影が私の方に近づい てきた。
影の顔の部分が一瞬キラリと光った。メガネだ。そして、私から2メートル ぐらいのところまで近づいた時、その影のヌシが言った。
「あんた、だれ?」
ニューヨークに来て、初対面の人間に「あんた」と呼ばれたのは、これが初 めてだった。
「え? あ、私ですか?」
「そうよ、あんたよ」
薄暗くてよく見えないこの人物の正体は、おそらく「日本人のおばさん」と 呼ばれる生き物に違いなかった。
「え〜と、今日からここで働く竹中といいます」
「で、その竹ナントカさんが何してるのよ?」
「いや、何してるっていうか、権藤さんに4時半ぐらいに来てって言われて 来たんですけど・・・」
「だから、こんなとこでボーっと突っ立ってるわけ?」
「いや、ボーっと立ってるっていうか・・・」
「声が大きいわよ。みんな寝てるんだから」
正体不明のおばさんは、急に小声になってそう言った。
「スイマセン」
私は心の中で、「おめえこそしっかりしゃべってたじゃねえか」と思いなが らも、初日を円滑にスタートするために、とりあえず謝った。
その「スイマセン」を聞いた時、おばさんのメガネの中の目が、ダークな喜 びによって光ったような気がした。
薄暗くて顔の詳細はわからなかったが、本体の外観は見て取れた。
身長約150センチ、体重は60キロと70キロの間ぐらか。どうヒイキ目 で見ても肥満体である。髪にはパーマをあてている。Kマートなどの巨大スー パーが大量生産した自社ブランド風のシャツとスカート。足には、イボイボが ついた日本の健康サンダルを履いている。
久々に見た純日本風のおばさんであった。
「ちょっとここで待ってなさいよ。私が店長呼んできてあげるからね」
突然、おばさんはネコなで声になって言った。そして、シャコシャコという サンダルの音を店内に響かせながら、再び暗闇の中に消えていった。
「・・・手ごわいヤツだ」
そんなことを考えながら、私はおばさんの後ろ姿を見送った。
またひとりになってしまった私は、なんとなーくあたりを見回した。
目の前にあるバーの壁の部分に許可書のようなものが張り付けてある。近づ いてよく見ると、それはニューヨーク市が発行する食品を扱うためのライセ ンスだった。
その真ん中の部分に写真がある。おそらくそのライセンスを取った人物の写 真だろう。
さらに近づいて、その写真を凝視する。
「どこかで見たような顔だな・・・・それもごく最近会ったような気がす る・・・」
写真の中の人物は女性だった。メガネをかけていて、髪はパーマ毛だった。
「げっ! こいつはあいつではないか!」
そう、こいつはあいつだったのである。
それは、さっき私を”あんた”呼ばわりした、あのずんぐりむっくりのおば さんの写真だったのだ。
私は慌てて名前の部分を見た。
「TOSHIKO KAMEDA」
その瞬間から、私はおばさんのことを「ガメラ」と呼ぶことにした。
                       ひろ
               

「ぶりてんNuts」編集部


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