◆1998年5月第2週のぶりてんコラム◆
5月14日号 NO.147
『NYウエイター物語』〜寿司政5〜
「ところで、うちは基本的にユニフォームみたいなものがあって、それは自
分で買ってもらうんだけど、いいかな」
「はい。大丈夫です」
「座敷やる子は、着物なんだけど、フロアーの子たちは白のワイシャツに黒
の蝶ネクタイと黒のチョッキかな。男だと黒いパンツはいてるね。できれば
ゴワゴワのパンツじゃなくて、ちゃんと線の入ったヤツがいいな。こんな店
長でも一応は高級レストランだからね」
「わかりました」
「ちょ、ちょっと失礼」
権藤さんはそう言うと、ノソノソ立ち上がってフスマを開けて座敷の外に出
ていった。と思ったら、灰皿を左手に持ってすぐに席に戻った。
「タバコ吸ってもいいかな」
「はい、どうぞ」
権藤さんは、白衣の胸のポケットからマイルドセブンを取り出し、その中の
1本を口にくわえ、火をつけた。
「ふぅー」
ちょっとした沈黙。
「いやさあ、ホントは寿司職人がタバコなんか吸っちゃいけないんだけど
さ、なかなかやめられないんだよね」
「やっぱりダメなんですか、タバコって」
「手にタバコの臭いが残るらしいんだよね。でも、それってタバコ吸ってな
い人間にしかわからないらしいんだけど、やっぱわかる人にはわかるみたい
だよ」
「へえ〜、そうなんですね」
「でも、なんかさあ、吸いたくなるんだよね。なんとなくさ」
「・・・・・・・」
私はどう答えていいのかわからなくて、なんとなくうなずいただけだった。
「えーっと、何の話してたんだっけ」
タバコを灰皿にトントンしながら権藤さんが聞いた。
「え? なんでしたっけ。あ、ユニフォームの話」
「そうそう、でさあ、そういうの売ってる店があって、あれって確か、54
丁目とブロードウエーだったかなあ。ほら、"Late Show"ってやってるじゃ
ない。あの隣りにそういう店があるんだよね。そこで、蝶ネクタイとチョッ
キで40ドルぐらいじゃなかったかな」
「そうですか」
「ちょっと高いよね。40ドルってきつくない?」
「ええ。でも、お金のためですから」
でも、ホントは、その時の自分には40ドルという金額はとってもきつかっ
たのである。
ひろ
5月13日号 NO.146
『ニューヨーカーへの道』〜学校へ行こー5〜
小学校、中学校、そして高校の頃の、あの「席替え」の興奮を皆さんはまだ
覚えてらっしゃいますでしょうか。
大好きなリカちゃんの近くの席になりたくて、前夜からドキドキしてしまっ
たあの胸の高まり。今でもそっと胸に手を起きますと、その時の激しい鼓動
を思い出します。
・・・・・・思い出せんなあ。
まあ、それは置いとくとして、わたくしがいい年こいてニューヨークの英語
学校に入学した時も同じような興奮を覚えました。
ただ、超ラッキーなことに、こちらの英語学校のクラスというのは、基本的
に「自由席」制、つまり早い者勝ちなのであります。
憎からず思っている女性の近くにわざと座ろうとするスケベジジイと化した
私は、あの頃毎日ウキウキした日々を過ごしておりましたね。
それは、わたくしがハンター・カレッジ付属の英語学校に通ってた時の話で
す。
クラスの中にイスラエルから来てる女の子がいました。
年は私と同じ。なかなかきれいな子でした。
でも、気が強かったんだ、これが。
しかしながら、わたくし、その子のことを憎からず思っておったのでありま
す。
となりますと、当然、「席は彼女の隣りよ」が日々の最大目標になります。
人間、席を選ぶ際に一種のクセのよなものがありまして、一番うしろの隅っ
この席を愛する人もいますし、先生の目の前にドカーンと座ることを人生の
目標としている人もいます。
わたくし、彼女のその席選びのクセをじーっと観察いたしました。
その結果、彼女は一番うしろの中央の席に好んで座ることを発見したのであ
ります。
それさえわかれば、あとはその前後左右の席に自分が座っていれば、彼女は
自然と近くの席に座ってくれるのであります。
で、そういう努力を繰り返すうちに、私と彼女は自然と近くの席に座るよう
になりました。
やはり物事には「戦略」というものが必要ですね。
ただですね、結果的に彼女との間にはなーんにも起きなかったのでありま
す。
でも、最近、ある事を思い出したのです。
あれは、私と彼女が参加したクラスか何かのパーティの帰りでしたね。確か
午前3時過ぎ頃でした。
彼女が突然、「私のアパートに寄ってく?」と言ったのです。
わたくし、寝ぼけながら「イエス」と答えました。
それから私は彼女のアパートにお邪魔して、コーヒー飲んで、「あー、眠
い。じゃあ帰るわ」と帰ってしまったのであります。
しかしながら、その時の彼女の雰囲気やモウロウとしながら彼女と話したこ
となどを今思い浮かべますと、あれはなんというか、それから別の行為に
移って行きそうな「あの」感じではなかったかと思うのであります。
そう、「あの」感じなのです。
なのに私のウスラボケは、「あー、眠い。じゃあ帰るわ」とトットと帰っ
ちゃったのであります。
バカバカバカバカバカバカ。
さらに、わたくしは、あれから6年近く経った最近になるまで、そのこと、
つまり、「彼女とナニをナニする可能性があったこと」に気がつかなかった
んだから、バカにつける薬はないのであります。
やはり物事は「戦略」だけではダメなのですね。
それを悟るのに6年もかかってしまいました。
はあ〜。
徹
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