◆1998年4月第3週のぶりてんコラム◆




4月17日号 NO.137
『たわごとコラム』
今、おふくろさんがシアトルに来ている。シアトルに住む私の妹の出産のた めだ。
おふくろさんがシアトルに着いた翌日、ニューヨークから妹の家に電話し た。
まず妹のダンナが電話を取った。彼と話したあと、妹に替わってもらった。
予定日が数日後に迫ってるとは思えないほど彼女は元気だった。きっとその お腹からもやたらと元気な赤ちゃんが出てくるのだろう。
そして私は受話器をかみさんに渡した。
彼女たちはしばらく赤ちゃんのことなどについて話していた。
と突然、かみさんが言った。
「ねえ、あんたのお母さんに替わってくれるんだって」
うちのかみさんとおふくろさんは、それまで一言も話したことがなかった。 お互い写真でしか見たことのない存在だった。
「もしもし」
かみさんが持つ受話器から、熊本弁のきいた「もしもし」が聞こえてきた。
「ハロー」
とかみさんは英語で答えた。
それからふたりの間で交わされた会話をどう説明すればいいのか私には分か らない。
おふくろさんはずーっと日本語でしゃべっていた。
かみさんはずーっと英語でしゃべっていた。
でも、おそろしいことに、ふたりとも相手が言ってることがほとんど理解で きてる様子だった。
私はかみさんの横でただ茫然とその会話を見守るだけだった。
以前、妹から聞いたことがあった。
「お母さんはね、うちのダンナにずーっと日本語で話しかけよらしたっば い」(完全に熊本弁)
そして、
「でもたい、ダンナもそれで分からすけんがおもしょかったいね」
標準語にすると、
「でも、ダンナもそれで分かってたんだからおもしろいわよね」
となる。
おふくろさんの日本語がその義理の息子と娘に通じるのか、実の息子の私に も分からない。
でも、かみさんとの会話の中でのおふくろさんの口調は、明らかに自分の実 の息子と娘に対するものと同じだった。
だからこそ、アメリカ人のかみさんにも理解できたのかもしれない。
受話器を私に渡しながら、かみさんが言った。
「いいお母さんじゃない」
「もしもし」と私が出ると、おふくろさんが言った。
「いい嫁さんじゃなかね」
コミュニケーションには、言語を越えた何かが強く関係している。それが何 であるかは分からないが、私はそう信じている。
                     ひろ



4月15日号 NO.136
『たわごとコラム』
Nutsの配達を終えて、自分のアパートがある7丁目のファーストとセカンド の通りに入ったとき、向こう側にやたらと明かるいライトが見えた。
そう言えば、今日映画のロケがあるというはり紙を、朝仕事に行く時に見た ような気がする。
そのライトに向かって歩いていく。でも、逆光で足元が見えない。
その時、私は何かを踏んだ。
グチョ。
感触的にはそんな感じだった。
やわらかく、まったりとして、なおかつ靴にまとわりつくような感じ。
突然小学校時代のことを思い出す。
この感触にはかなりお世話になった記憶がある。
そう、私は犬のウンコを踏んだのである。
「ひえ〜!」
私はひとり悲鳴を上げた。
靴を地面にこすりつけるようにして歩く。そして同時に水溜まりも探した。 でも、最近お天気が続いているので、どこにも水溜まりは見当たらなかっ た。
仕方がないのでそのまま家に帰ることにした。
アパートの目の前では映画の撮影が行なわれていた。
部屋の前で鍵をポケットから取り出し、ドアを開ける。奥からかみさんが出 て来た。
「おかえり」
「ただいま」
挨拶もそこそこに、私は例のモノを踏んだ側の靴を脱いで、その裏のニオイ を嗅いだ。
クンクン。
確かに犬のウンコだ。懐かしい香りがする。でも、凶暴に臭い。
「夕メシ、買っといたわよ」
かみさんはそう言い残して、おそらくテレビを観るために再び奥へと消え た。
ふとテーブルの上を見ると、うちの近くのサンライズ・マートのお弁当がイ ンスタント味噌汁と一緒に置いてあった。
「今日のごはんは何かな・・・」
私は一歩テーブルに近づいてその中身をのぞき込んだ。
「カ、カ、カ、カツカレーですか・・・」
私は犬のウンコが付いた靴を右手に持ったまま、そこに立ち尽くした。
エキサイティングな夕メシになりそうだった。
    ひろ



4月13日号 NO.135
『NYウエイター物語』〜寿司政1〜
うちの大学からミッドタウンまで地下鉄で約15分。1、9ラインの137 丁目の駅から乗って、50丁目で降りる。そこから寿司政までおそらく歩い て10分ぐらいだろう。
大学を出たのは午後2時45分頃だった。午後の授業が終わって、そのまま 駅に向かい、地下鉄に飛び乗った。
116、96、72と、南へ南へと下だって行く。
50丁目の駅に着いて地上へ出ると、そこはブロードウエーだ。
目の前に「キャッツ」の看板が見える。
「もし寿司政で働くことになったら、毎日ここを通るんだなあ」
そんなことを考えながら、私はブロードウエーを渡って東へと歩き始めた。
寿司政に着いたのは、3時20分頃だった。やはりあの駅から歩いて10分 ぐらいだった。
ちょっと早く着き過ぎたので、道の向こう側のパブリック・スペースのベン チに座ってしばらく時間をつぶすことにした。
今にもベンチに腰を下ろそうとした時、寿司政のドアから誰かが出てきた。 板前さんだ。白衣を着ている。足元はなんとゲタだ。
その30代の後半に入りかけぐらいの板前さんは、ゲタをカラコロ鳴らしな がら、道をこちら側に渡ってきた。そしてそのまま寿司政の道を隔てて正面 にある店に入った。
それはまことに奇妙な風景だった。
まわりの風景は確かにニューヨークだ。あの板前さんの横を通り過ぎた白人 のじいさんも、板前さんが道を渡り切ったあとを風のように走り抜けたイエ ローキャブも、しっかりニューヨークしている。
でもその板前さんだけはなんだかヤケに日本的で、ビルの谷間に響いた、あ のカランコロンというゲタの音を聞くと、自分が今いる空間がゆらゆら揺れ ちゃって、まるで日本にいるように思えたのだ。
  またゲタの音が聞こえてきた。
彼は手に紙袋のようなものを持って再び道をカランコロンと渡り、店の中へ と入って行った。
慌てて時計を見る。午後3時25分。そろそろだ。
私は立ち上がり、少しだけ早足で歩き始めた。
車が来ないか確認して道を小走りに渡る。
パタパタパタ。
そして、ドアの前に立った時、そこにはかなり緊張した自分が映っていた。
                      ひろ

「ぶりてんNuts」編集部


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