◆1998年3月第2週のぶりてんコラム◆
3月14日号 NO.119
『ニューヨーカーへの道』〜最初の基地探し2〜
というわけで、わたくしのニューヨーク最初の基地はスタッテン・アイラン
ドの大学の寮なのでありました。
この寮、丘の上に立っておりまして、窓からマンハッハンが一望できたので
あります。夜などは、キラキラ輝く摩天楼を眺めながら、「あたし、今、
ニューヨークにいるのね」などと考えておりました・・・・というのは真っ
赤なウソで、宿題を片づけるのでそれどころではありませんでした。
居心地はあまりよくありませんでしたね。わたくしも一般の日本人の方々と
同じように、「うわ〜、日本人がいっぱいいる。やだな〜」的な日本人避け
避け人間でしたので、日本人が山のようにいたその学校はあまり好きではあ
りませんでした。
「日本人イヤイヤ病」にかかっていたのですね。
今考えますと、「うわ〜、日本人がいっぱいいる。やだな〜」なんて、自分
だって日本人なんだから、そんなこと言ってもしょうがないじゃない、と思
うのですが、一方では「自分も典型的な日本人イヤイヤ病患者だったのね」
と、ここまで来た道をしみじみと振り返ってしまうのであります。
話を戻します。
わたくし、この寮のメシがかなりマズかったを覚えております。寮のメシと
言いますか、実際はその大学のカフェテリアで食べるのですが、はじめて遭
遇したアメリカマズい料理軍団には驚かされました。
パスタとかピザとかローストビーフなどの大味食物がバフェ・スタイルでズ
ラリと並び、飲み物はコーク、スプライトなどの糖分たっぷりの炭酸飲料た
ち。健康のために、ダイエット・コークなども用意してありました。
また、その量もすさまじいものがありました。「一体、こんなに作って誰が
食うのよ」。わたくし、そんなことを考えておりました。
アメリカ人の学生たちは、皿にそれらの大味食物をワッサワッサと積み上げ
て、ワッサワッサと口に運ぶのですが、食い切れなかった分は平然とゴミ箱
にポイするのでした。
「給食は残さず食べましょう」の国から来たわたくしには、それは信じられ
ない光景でありましたが、彼らに対する「このバチ当たりが!」的怒りより
は、このアメリカという国の底抜けの消費力の方が、ズーンと心に残りまし
た。
でも、私は今でも「給食は残さず食べましょう」信奉者です。アメリカに来
て、それが正しい信仰であることを再確認いたしました。
徹
3月12日号 NO.118
『たわごとコラム』
最近になって私は、「東洋の神秘」がいまだ健在である、と気づき
ました。
これは3,40年前のように空手の構えをしたから人が逃げていく、と
かそういった事ではなく、今現在でも日本のことをあまり知らない
人が多く、そういった人々をからかう余地がまだある、ということ
なのです。
私がよく使う手はこうです。
まず、友人とバーなんかに行って、みんながほろ酔い加減になって
きたところで、おもむろにスターウォーズの話を始めます。
「みんな、スターウォーズは見たことあるよね。あれって日本文化
の影響が強いって知ってた?」
これは本当の話で、通は知っているのですが、普通の人はあまり知
りません。そこで、こう説明をします。
「ルーク・スカイウォーカーの着てた服って、覚えてる?あれって
まさにジュードー・ジャケットだし、ソード・ファイティングだっ
て、日本の剣道だろ」
この辺の話で、アメリカ人などは少しだけ納得を始めます。そこで
こう畳み掛けるのです。
「それにあのフォース。あれって日本では「気」って呼ばれてるし、
あのフォース・マスターのヨーダっていたじゃない。あのモデルは、
日本人のよださんって人なんだ」
ここからはまさにハッタリの世界です。
「日本人って昔は誰でもあのフォース、超能力を使うことができたん
だ。今はあまり使える人はいないけど、少し訓練すればできるように
なるんだ。実は俺・・・、10年くらい前から訓練を始めて最近よう
やくそれが使えるようになったんだ」
ここまできて、彼らの眼に興味の色が見られれば、もうこっちのもの
です。後はもう何でもいいのですが、何かのトリックをそこで披露し
ます。
私がよく使うのが、煙草のまわりで右手をグルグル回し、息を吹きか
け、手を使ってないのに煙草が動く、というトリックです。
結構見破られることもあるのですが、それでも約半数の人は騙されま
す。彼らの「unbelievable」という驚きの顔を見るのは愉快なもので
す。
これを実行するにあたって重要になってくるのは、「東洋の神秘」と
いう彼らのイメージを十分に利用することです。
いきなり、俺には超能力がある、といっても誰も信用しません。しか
し、スターウォーズという真実のスパイスを存分に効かせることによ
り、このハッタリはズドンと真実味を帯びてくるのです。
私はこれでかなりの人をからかってきました。イースト・ヴィレッジ
にあるタパス・バー(スペイン風の飲み屋)では、ウエイトレスのお
ねぇちゃんに披露し、気に入られ、ピッチのサンガリアを奢ってもら
ったこともありました。
?
最後に、これは嘘です、って正直にいうのかって?
私はそんな野暮なことはしません。彼らが持っている日本のイメージ
をわざわざ壊すことはないではないですか。知らない方が幸せという
こともあるのです。
だからマンハッタンのダウンタウンには、日本人は超能力を持ってい
る、と信じている人が少なくとも10人はいることでしょう。
こうして日本に対する誤解は益々大きくなっていくのであった・・・。
MediaBlitz
3月8日号 NO.117
『NYウエイター物語』〜仕事探し6〜
すべては再び振り出しに戻っていた。
キッチンヘルパーの仕事はなかなか見つからなかった。OCSニュースに
「キッチンヘルパー募集」と出てても、実際電話してみると「今は探してま
せん」「ウエイターなら募集してるんですけどね」というところばかりだっ
た。
「ウエイターか・・・」
できればウエイターはやりたくなかった。人と接するのがイヤだったのだ。
キッチンの中で魚や肉、野菜を相手にしてる方が気が楽に決まっている。そ
れに接客の際の自分の英語にも自信がなかった。
しかし、いつまでたってもキッチンヘルパーの仕事は見つからなかった。
レストランだけでなく、日系食料品店や日系企業にも当たってみたが、いい
返事をもらったところはなかった。
昼間は大学に通っているため、どうしても変則的なスケジュールしか組めな
かった。働ける時間帯を言っただけで「それじゃ、無理ね」と電話を切られ
たところもあった。
大学の図書館のアルバイトについても調べてみた。しかし、その時給はケタ
違いに安かった。1時間4ドル強。5時間働いても20ドルちょっとにしか
ならない。話にならなかった。
夜、セカンド・アベニューの96丁目と97丁目の間のアパートで、窓越し
に見える青く着飾ったトライ・ボロウ・ブリッジをぼんやり見つめながら、
私は、「やっぱりウエイターかなあー」と考え始めていた。
そして私は心を決めた。ウエイターをやってみることにしたのだ。
恐いという気持ちは確かにあった。ただ、その時の私には、他のチョイスが
思い浮かばなかった。
どうせウエイターやるのなら、高級レストランで働きたかった。その方が
チップもいいはずだし、閉店時間も早いと思ったからだ。
もうひとつ、できれば寿司屋で働きたかった。なんとなく魚の近くにいる方
が落ち着くような気がした。
とりあえず、ウエイターの仕事を探し始めることにした。
新しいOCSニュースが出るのは、来週の水曜日。
「大学から真っ直ぐ買いに行くか」
なんとなく落ち着かない週末になりそうだった。
ひろ
Return to Home Page