◆1998年2月第4週ののぶりてんコラム◆




2月25日号 NO.112
『たわごとコラム』
アリスは今日もその席に座っていた。
歩道に面した窓際の席。その一番南の、そう、一番日の当たる場所がアリス の指定席だ。
この店に来るのはいつも午前8時ちょっと過ぎ。毎日同じ「ビッグ・ブレッ クファースト」をレジで頼む。
飲みものはティー。ハーフ・アンド・ハーフを3つ、シュガーを4袋。レジ の子たちはもうよく分かっている。
あらかじめ用意した2ドル53セントを渡し、Thank youとともに、いつも の「Have a nice day」のひとこと。トレーを持って窓際の席へと向かう。
ナンシーは、太陽の日差しが嫌いらしく、いつも、レジの横の二人掛けの テーブルにひとりで座っている。彼女は、毎朝アリスよりも早くこの店に やってくる。
ボブとテッドは仲良し二人組み。毎日朝から楽しそうにおしゃべりしてい る。最近、ボブにとって6人目の孫が生まれたらしい。今日はその子の写 真を持ってきたようで、さっきからテッドが目を近付けたり離したりしなが ら、手に持った写真とニラメッコしていた。
アリスは外を見た。
週日は、毎日同じ人たちがほぼ同じ時間にこの店の前を通る。
あの子、今日は赤いコート。彼は少し寝坊したみたい。いつもより5分ぐら い遅いわね。
チャイニーズの彼とイタリア系っぽい彼女のカップルが、道の向こう側のア パートから出て来た。あの二人が一緒に住み始めたのは、去年の今ごろだっ たかしら。いや、その前の年? 
Mの字が刻み込まれたカップを両手でつつみながら、アリスはじっと外を見 ていた。
ゲリーとポーラがドアから入ってきた。
「Good Morning」
お互いに言葉をかわす。そして、再びアリスは、その視線を目の前のファー スト・アベニューに戻す。
空はくもっている。明日から雨になるそうだ。
窓の外を通り過ぎる人の数が増えつつある。
そうやって、2月最後の水曜日は始まろうとしていた。
アリスはまだ外を見ていた。
                        ひろ



2月24日号 NO.111
『Prof. New York』
「Hello」
「あ、ナタリー、What's up?」
「まだ誰も来てないね。そうそう、昨日ちょっと日本のテレビ見て たんだけど、chin-chinってなに?」
「あんた、いきなりそんなこと・・・。ま、いくら日本語習ってた ってそれは教えてくれないな。dickだよ」
「YACK!」
「いや、ちょっと違うな。意味するものは同じだけど、もっとこう、 子供の言葉っぽいかな」
「ふーん、まいいや。あのね、もう一つ、聞きたいことがあるんだ けど」
「なに?」
「あのー、日本人って、私たち中国人のこと見下してるの?」
「うーん・・・。見下してると思うよ、他のアジア人のこと」
「なんで?」
「理由なんてないんじゃない。でも社会的に何かそういった雰囲気 があるのは確かだと思うよ」
「ふーん」
「そういえばさ、聞いてよ。昨日シカゴの郊外にいる友達から電話 があってね、彼女ボーイフレンドと一緒に住んでるんだけど、彼女 の住んでるところってKKKのメンバーが多いんだって。それでいまだ に黒人の家とか燃やしてるらしいよ」
「今でもいるのそんな奴等!」
「それでね、まだ燃やした犯人捕まってないらしいんだけど、そこ の住人みんな誰がやったか知ってるんだって」
「SO SCARY!」
「だろー」
「あれ?あなた昨日友達と会うって言ってなかった?」
「うん会ったよ。その子今日、日本に帰ったんだ。最後に言ってた よ。もっとNYにいたい、こっちで "日本人" の友達と遊びたいっ て。」
「え?どういうこと?」
「知らなかった?彼女在日韓国人なんだよ」
「ふーん・・・。そうそう、今ミュージックのクラス終わったばっ かりなんだけどね、やっぱアメリカ人って馬鹿よね」
「何かあったの?」
「教授がね、聞いたのよ。バロックって何ですか、って。そしたら、 あるアメリカ人女が答えたのよ、それはぁー23丁目にある大学の ことですぅ、って。それはバルークでしょ!」
「なんかねぇ・・・。あ、それで話は戻るけど、、昨日その友達と 会った帰りに道歩いてたんだ。そしたら、黒人が俺に向かって chinks, chinksって言うんだよ。むかついたな」
「何?それは中国人と間違えられたから?」
「いや多分見下されたところが多いと思うんだけどね。わかんない や」
「ま、いいわ。でも、私は黒人の何も隠さない、そういったストレ ートなところ好きだけどね」
「あ、ねえねえ、今入ってきたあのオーストリア人の娘って可愛い よね」
「・・・あんたほんとに白人好きねぇ。」
「だってしょうがないじゃん。俺白人にコンプレックス持ってんだ もん」
「ふーん。紹介してあげようか?」
「ほんと?」
「いいわよ」
「あ、ちょっと待って、緊張してきた」
「ほら、紹介するわよ」
「うーん・・また今度でいいや」
「どうするのよ!」
よくある、留学生同士の会話でした。
MediaBlitz



2月23日号 NO.110
『NYウエイター物語』〜仕事探し4〜
ヤシロさんはあっさりと言った。
「今、うち、キッチンヘルパーは探してないんだよね」
「え?」
「いや、いらないんだよ」
「でも、OCSには・・・」
「あれはああやっていつも出してるんだけどね」
「あ、・・・そうなんですか」
OCSには、確かに「キッチンヘルパー募集」と書いてあった。でも、実際は いらないらしい。もしかしたら、他の求人広告もここと似たようなものなの かもしれない。
とりあえず、仕事探し1発目は見事に砕け散ったようだった。
なんとなくがっかりして、でもなんとなくうれしい気分の私に、ヤシロさん が言った。
「どうなの、ウエイターはやりたくないの?」
「いや、ウエイターはちょっと・・・」
「なんで? 結構いい金になるよ」
「でも、ウエイターはやっぱり・・・」
「ふ〜ん・・・」
ヤシロさんはそう言って、湯呑みのお茶をすすりながら、左手に持った私の 履歴書に目を落とした。
「熊本県・・・やしろし? これなんて読むの?」
「やつしろっていいます。八代亜紀のやしろっていう字と同じなんですけ ど、やつしろって読むんです。八代亜紀もここの出身なんです。うちのおふ くろが小さいころによくイジメたって言ってました」
「八代亜紀を?」
「はい」
「へ〜」
「ヤシロさんは、どういう字を書くんですか?」
「八つにお城の城だね」
「そうなんですか。八代亜紀のやしろだと思ってました」
「よくそう言われるんだけどね」
私は声を出さずに笑いながら、それまでテーブルの上に置き去りにしていた 自分の湯呑みを右手でつかみ、お茶を一口飲んだ。
それはすでに冷えかけていたが、私にとっては久々に飲む日本茶だった。
八城さんは、再び履歴書の、今度は右下の部分を丹念に読み始めた。
「沖縄の離島にて漁業、農業に従事・・・これってホント?」
「はい」
「漁業って何やってたの?」
「素潜りの漁師です」
「へ〜、素潜りねえ。ってことは魚とかもサバけるわけ?」
「ええ、できます。実家がもともと魚屋ですから」
「魚屋なんだ。だったら、板前にもなれるよね」
「え?」
「スシ握ってみない?」
「ス、スシですか・・・」
話は思わぬ方向に展開しつつあった。
                       ひろ

「ぶりてんNuts」編集部


Return to Home Page