◆1998年1月第4週のぶりてんコラム◆
1月31日号 NO.97
『NYウエイター物語』〜仕事探し2〜
そこには、約束した3時半ちょっと前に着いた。
歩道から中をのぞくと、ランチの客はすでに引いていて、従業員たちは昼メ
シの準備をしているようだった。
店の前で待っているのもなんだったので、そのまま中に入ることにした。
背の低いスーツ姿の男性が電話で話していた。おそらく予約の電話だろう。
目の前に置かれたノートに何かを書き込んでいた。そして、上目使いに私の
ことをチラリと見た。
日本人ナマリのきいた英語で、言い慣れた口調の「バイ」を最後に、彼は受
話器を置いた。
「あの〜・・・」
私は、まだノートに何かを書き込んでいる彼に話し掛けた。
「はい・・・・」
そう答えながらも、彼は顔を上げずにペンだけを動かしていた。
「あの〜・・今日面接に来ることになっていた・・、あ、3時半になんです
けど、タケナカといいます・・・ヤシロさん、いらっしゃいますでしょう
か」
「はい、私がヤシロです」
彼はそう言ってペンを置いた。私は、例の怒り目の男がヤシロさんじゃなく
て、少しほっとした。
「あ、そうですか。はじめまして。え〜と・・・」
「ちょっとそこで待ってていただけますか」
彼は、私たちが立っているところに一番近い、壁際のテーブルを指差した。
その言葉に冷たい感じはなかった。
「はい」と答えた私は、背中のバーゲンディー色のバッグを下ろし、その
テーブルに歩み寄った。
座る前に、その時持っていたサンシンのケースを壁に押しつけるように置い
た。
サンシンとは、沖縄の三味線のことである。胴体の部分が蛇の皮でできてい
るため、蛇皮線(じゃびせん)ともいう。午前中にあった大学のESLの授業で
演奏した帰りだった。
ヤシロさんは、そのケースに不思議そうな視線を投げかけたあと、店の置く
へと歩いていった。
私は入口に背を向けるカタチでイスに座り、両足ではさみ込むようにして足
下にバッグを置いた。座り心地のいいイスだった。木目調のテーブルの上に
は何もなかった。
ウエイター・ウエイトレスたちは、別に私のことなど気にする様子もなく、
せっせと昼メシの用意をしていた。
彼らが出入りする奥の部屋から、ヤシロさんが両手に湯呑みを持って現われ
た。
「あ、オレの分もあるんだ・・・」
こちらに向かって歩いてくるヤシロさんを見ながら、私はそんなことを考え
ていた。
ひろ
1月29日号 NO.96
『Prof. New York』
ごくごく私的なことになるが、私が文章を書き始めた原点というの
は大学のときに取ったイングリッシュ・ライティングのクラスだ、
という事が最近になってわかった。
それまでは、作文など嫌で嫌でしょうがなかったのだが、あまり英
語が上手にしゃべれず、書くことで自分を表現するしかなかったの
かもしれない。
しかし、それ以上にそのクラスを教えた教授の存在が大きかった。
彼の名はダン。身長は約180センチ、細身で、50を少しすぎた
彼の頭には白いものが混じり始めたこともあり、髪はグレイにみえ
た。よくセーターを肩からかけていた彼には、ダンディーという言
葉がよく似合った。
ダンの教育方針は、自由主義だった。
どう書け、こう書け、ということは一切言わず、生徒の好きなよう
にさせていた。
彼はフォーマットを与えるのが嫌いだったのだ。
この事を説明するとき、彼はいつも彼のおばあちゃんの話をした。
ダンが子供の頃、おばあちゃんの作るケーキがすごく好きだったの
だという。
ある時、自分でも作ってみたくなり、おばあちゃんに作り方を聞い
た。そうすると、おばあちゃんは説明を始めた。
「材料はね、まず手のひらいっぱいの小麦粉と・・・」
その説明はダンが予想していたきちっとしたレシピとはかけ離れて
いた。しかし、彼は、だからこそおばあちゃんのケーキはおいしか
ったのだ、と言った。
「私はその辺で売っているケーキ・ミックスや料理の本を見て作っ
たケーキはいらない。そんなものはどこでも手に入る。私は、君た
ちの手のひらで計った小麦粉を使って作ったケーキが食べたい。君
たち自身の表現方法で書いたエッセイが読みたいのだ」
だから私はいつも好きなように書いた。そしてダンはいつもそれを
誉めてくれた。
「これいいぞ」と言われれば、ブタもおだてりゃ何とかで、エッセ
イを書き直してはいつも彼のオフィスに足を運んだ。それにたいし、
ダンはいつも的確なアドヴァイスをくれた。
そうしているうちに、私は書くことが好きになっていた。
ダンは学期の一番最初のクラスで、自分の受け持った生徒の書いた
お気に入りのエッセイを生徒に読ませていた。私はそのエッセイに
選ばれたいとがんばった。
しかし、その願いがかなうこともなく、セメスターは終わった。
そして5年後の今、私は再び文章を書いている。
最近になって、その時はわからなかったダンのアドヴァイスも何と
なくわかるようになった。エッセイの内容もその時に比べれば、格
段よくなったと思う。
だから、今自分が書いているものをダンに見せたい、と思うのだ。
最近書いたエッセイやコラムを英訳して、彼に見せたら何と言うだ
ろう。また的確なアドヴァイスをくれるだろうか?また「面白いぞ
」と誉めてくれるのだろうか?そして今度こそは、彼のお気に入り
のエッセイに選ばれるかもしれない。
しかし、ダンは1993年にこの世を去った。
だからそれはもう出来ないのだ。
文章を再び書き始めてから、彼と共に書いたエッセイを読みかえそ
うと思いたったことがある。
その時、データの入ったフロッピーディスクをコンピューターで読
み取ろうとしたのだが、それは不可能だった。ディスクが壊れてい
たのだ。
形あるものはすべて壊れる。
でも、ダンは私に壊れようのないものをくれた。
だから私は今でも文章を書いているのかもしれない。
MediaBlitz
1月28日号 NO.95
『ニューヨーカーへの道』〜入国のカタチ1〜
「あなたのビザはなんですか」
これはかなり立ち入った、オソロしい質問です。その答えによって、相手の
態度がガラリと変わることも考えられます。
F-1ビザの場合ですと、まあ、大したことはないでしょう。ただ、中には
「ケッ、学生かよ」と見下だす、ケツの穴が針の穴な人間もおりますので注
意しなければなりません。
H-1ビザやJビザなどの場合も、そんなに大きなリアクションは見られないは
ずです。ただ、質問した相手もH-1ビザである場合は、「私もなんです〜。こ
れからどうします〜」と話が一気に盛り上がってしまう可能性もあります。
「私ですか。私はグリーンカードです」
こう答えた場合は、なかなかおもしろい反応が期待できます。
「ヌ、ヌ、ヌ、やるな。・・・ちくしょう。もう話したくもない。呪ってや
る」
「いいな、いいな、グリーンカードっていいな。”どうやって取ったんです
か”」
「この年でグリーンカードを持てるってことは、クジか結婚。あるいは会社
を通じて取ったことも考えられるな。う〜ん、聞いてみるか。いや、それは
あまりにもプライベートな質問だ。でも、聞いてみたい。でもでも、聞いて
どうなるって話でもないし。でもでもでも聞きたいから聞いてみよっと。
”それって、どうやってお取りになったんですか”」
やはりグリーンカードを持っていると、一目置かれる部分はあります。なん
となくですが、「ビザ・カースト制」みたいなものが存在しているのです
ね。
私は個人的にそういう見方は嫌いなのですが、ディープ無意識ではしっかり
差別してるような気がします。
その「ビザ・カースト制」の中で、一番低いところに位置しているだろうと
考えられるのが、「ビザなし」、その中でも特に「滞在期間過ぎ過ぎのぶっ
ちぎりイリーガル」の方々です。
こういう方に、「あなたのビザはなんですか」てなことを聞いてはいけませ
ん。辺りの空気の重さにお互い押し潰されてしまいます。
ただ、聞いてみないと分からないんですけどね。
イリーガルな方々を見下だす人たちもいますが、私は基本的にOKです。皆さ
ん、個人の責任、つまり自分のお尻は自分で拭くという意気込みの上で、イ
リーガッてるわけでして、他人の私がとやかく言う筋合ではない、と考えて
おります。
ただ、自分なら、イリーガるぐらいだったら日本に帰った方がいいです。精
神衛生上、そのほうがよろしいです。
今までいろんなイリーガルの方たちに会ってきましたが、彼らにはどうして
も「堂々」としたところがないのです。いつも何かにおびえてるような感じ
がするのですね。
よその国では、ビザというのは自己存在の基本ですから、それが苦しい展開
になりますと、当然自分の存在もあやしくなってしまいます。
これはよくありません。ココロに悪い。
イリーガル者に対する締め付けは、今後、一段とキリキリ厳しくなっていく
ことがでしょう。
だから、これからニューヨークに来ようという方には、できるだけきれいな
「入国のカタチ」をおすすめします。
NY生活を健康なココロで楽しむために・・・・
徹
1月27日号 NO.94
『たわごとコラム』
去年の終わり頃から、私は伊丹十三氏の著書を読み始めた。
昔のルームメイトが残していった彼の本を何気なく読んだら、結構、いや、
かなりおもしろく、次から次に読みまくった。
伊丹氏は、完ペキ主義者だったのではないか。それが彼の文章から感じられ
た。一流の書き手であった。
そして、私が彼の本をむさぼるように読んでる時に、彼は自分自身の命を
絶った。
変な気がした。
彼の著書に一通り目を通すと、私は次にハマるべき著者を探し始めた。
それもふとしたことがきっかけだった。
以前からこの人物には興味があった。本も数冊持っていたが、読むチャンス
がなかったのだ。
彼の文のおもしろさに触れた文章に出会い、私はとうとう読み始めることに
した。
おもしろかった。彼も一流の書き手であった。
再び私はむさぼるように彼の本を読み始めた。
また、偶然にも彼が文章を書き始めるきっかけを作ったのは、伊丹十三氏
だった。伊丹氏の本が、この人物の文章の出発点だった。
先週の土曜日、私は古本屋で彼の本を4冊買った。
まだそれらの本は、ビニール袋の中に入っている。
そして、昨日、私は彼が死んだことを知った。
景山民夫、50歳。
今、私は、次の作家を決めるのを、少しだけ躊躇している。
ひろ
1月25日号 NO.93
『先週のタブロイド・ニューヨーク』
今回もおくれました。
今後もこの名前で行った方がいいかもしれませんね。
さて、1月22日付「Daily News」によりますと、Stevie Wonder氏は、
彼自身がオーナーであるLAのラジオ・ステーションKJLHの従業員たちの
Union、つまり組合参加に反対しているらしいです。
その記事によりますと、Wonder氏は、従業員がUnionに入ることによって、
経営サイドとのいがみ合いなどが発生し、これまでの家族的な雰囲気が崩れ
るのではないか、ということを心配しているようでした。
一方の従業員側は、退職後のサポートなどを得るために、今回の動きに出た
ようです。
近々、参加不参加に関する選挙があるらしく、それに向けてWonder氏も「参
加しないほうがいいんでないの」という内容の手紙を従業員に配布したとの
こと。
彼も歌ってるだけじゃないのですね。
アメリカというのは結構Unionの強いとこなのですが、こちらの日系企業で働
く日本人(現地採用)及びアメリカ人のためのUnionはなく、その結果、彼ら
の待遇は一向によくならないのであります。
最近、現地採用の方々によるいろんな動きが出てきているのですが、私が考
えますに、一番簡単なのはUnionを作ることではないでしょうか。
簡単と言いましても、かなりパワーがかかるでしょうが、効果は抜群なはず
です。
でも、もし彼らがそういう動きに出た場合、経営者たちからWonder氏と同じ
ような「参加しないほうがいいんでないの」メールが配られるんですかね。
興味深いところです。
徹
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