◆97年12月第3週のぶりてんコラム◆
12月20日号 NO.65
『今週のタブロイド・ニューヨーク』
このコラムでは、ニューヨークのタブロイド版新聞である「Daily News」と
「New York Post」からその週のおもしろそうなニュースをピックアップ
し、ご紹介するつもりなのであります。
12月18日付の「Daily News」によりますと、有名映画監督スティーブ
ン・スミルバーグを追いかけ回していたストーカーが逮捕されたそうです。
Jonathan Norman、31歳。去年の10月ぐらいからストーカーし始めたと
のことでした。
この男性がスピルバーグ氏を追いかけ回した理由というのが、ちょっと変
わっておりまして、なんと彼は、「スピルバーグはオレにレイプして欲しい
んだ」と信じてたようです。
逮捕された時、この男性は手錠、剃刀、ガムテープ、カッターなどを持って
いたそうです。「そろそろやろか」の時期だったのですね。
危なかったです。
12月19日付の「New York Post」の第一面は、コメディアンのChris
Farleyが亡くなったという記事でした。
元「Saturday Night Live」のメンバーであり、「Beverly Hills Ninja」
や「Airheads」に出演していたChris Farley33歳は、彼のシカゴのア
パートで死体となって発見されました。死因は心臓発作。
彼はかなり太っておりました。「丸々」という表現が当てはまる体格でし
た。
記事の中でも「太っている=心臓発作」的な触れ方をしておりました。
彼の死の翌日、日本の政治家である塚本俊平氏が亡くなりました。
彼も相当太っておりました。死因も「心臓発作」だったような気がするので
すが、確かではありません。
今後、アメリカと日本の週刊誌上で「太っている=心臓発作」的な記事が増
えるのではないかと、わたくし、読んでおります。
おふたりの冥福を祈ります。
徹
12月19日号 NO.64
『NYウエイター物語』〜金がないぞ2〜
あの頃は、かなり悲惨な食生活だったような気がする。
自分では、それほど「貧しい」という認識はなかったのだが、今と比べると
やはり格段の差がある。
朝は食べず、昼はベーグル、夜はマフィンか食パン。
それでそこそこ満足していたのだから恐ろしい。よく生きていたものだと思
う。
4ドル以上の食い物は怖くて買えなかった。大学のカフェテリアで若い衆た
ちがフライドポテト付きのハンバーガー・セットなどを食ってる姿を見なが
ら、「大したものですのう」などと変に感心したりした。
でも、うらやましいとは思わなかった。それはそれなりに充実した日々で
あった。
ある日、アパートの近くのポスト・オフィス(郵便局)に郵便物を取りに
行った。
「Hell Gate Station」=「地獄の門郵便局」
スパニッシュ・ハーレムのド真ん中、115丁目のレキシントンとサードの
間にあるその郵便局の名は、周りの雰囲気を忠実に醸し出していた。
ホームレス、ドラッグ中毒者、プータロウ、空き缶集めの老人たちが道にた
むろし、ポリスがそれを見張る。
身の危険を感じないこともなかったが、とりあえず、道には人が溢れてい
た。
人がいっぱいいると、いきなり強盗に遭う可能性も当然低くなる(「そこに
たむろしてる人間の数」分の1の確率)。
その郵便局の斜め向かいにスーパーがあった。
「C-TOWN」というチェーン系のスーパーだった。
店の前に貼り出してあるチラシの化け物を見ると、さすがスパニッシュ・
ハーレムのスーパーである。商品の値段はかなり安かった。
とりあえず、私は、そのスーパーに入ってみることにした。
ひろ
12月17日号 NO.63
『ニューヨーカーへの道』〜空港にて2〜
やはりニューヨークに誰も知らずにただひとりでやってくるというのには、
なにやらさびしいものがあります。
空港のイミグレを抜けて、荷物をピックアップし、いざニューヨークという
時に、となりでは中国人の皆さんが共産圏から脱出した喜びを激しく体中で
表わしながら、ハグ(抱擁)し合っているではありませんか。
その横をスーツケースをゴロゴロ転がしながら歩いていくアタナ。
その悔しい気持ち、よく分かります。
そこで、提案なんですが、「いらっしゃいニューヨーク」業というのはいか
ながものでしょうか。
ただ単に空港に迎えに行くのではなく、激しいハグもお付けしてのお出迎え
です。
私でしたら、若い女性だけをお客さんにして・・・・
最近、わたくし、かなりジジイ入ってまいりました。
さて、空港を出ると、そこはもうニューヨークです。
JFKあるいはラガーディアのどちらの空港も同じだと思うのですが、出た瞬
間、「ゲッ、やたら灰色の街じゃん」と思う人が多いようです。
通常、空港の周りにはコンクリートの道や駐車場が寝そべっておりますの
で、その印象もあながち間違いではありません。
でも、ココロまで灰色にしてしまう必要はないのよ。
そんな時は空を見上げるのです。そこにはきっと真っ青な空が広がっている
でしょう。
え? 曇りとか夜の場合は、どうすんのって?
・・・・・・・。
他の色を探しなさい。
次回は、イエローキャブと白タクについてお話ししたいと思います。
徹
12月16日号 NO.62
『NYJJ=ニューヨーク在住日本国籍日本人』
今、アメリカの日本語ビデオ業界がもめている。
先月の終わり、こちらの貸しビデオ屋の棚からかなりの数のビデオが撤去さ
れた。これまで貸し出していた日本のテレビ番組のビデオ(海賊版ビデオ)
の一部が、今回貸し出し禁止となったのである。
特に、こちらに放送局を持つフジテレビとNHKに関しては、ほとんどの番組
が見れなくなるという。
ビデオ業界では「署名運動でも始めようか」という動きもあるらしい。
ちなみに、私は日本語のビデオをほとんど見ない人間である。だから今回の
処置の影響は、私の私生活に関してはまったくない。
しかしながら、人々の「日本語の番組が見れなくなるなんてさびしい」とい
う声を聞くと「う〜ん、その気持ち分かる気がする」と思ってしまうし、日
本のテレビ局側の「著作権等の問題がありますから」という意見を聞くと、
「なるほどね」と納得してしまったりして、なかなかココロを動かされてし
まうのである。
この問題は、なかなか複雑である。でも、こういう大きなテーマというの
は、めったに現われない。
NYJJ間での議論を巻き起こすいい機会だ。じっくり付き合っていこう。
風
12月15日号 NO.61
『NYC Traffic Jam』
ニューヨークのバスは24時間運行している。
さすがに夜になると本数は減って、30分に一本ぐらいの割合にな
るが、それでも夜中にバスで移動するという事も可能だ。
昔、ブロンクスに住んでいたとき、駅から歩いて10分の所にあっ
たアパートに住んでいたが、その間にあった坂を登るのがおっくう
だったので、たまにその深夜のバスを利用していた。
その夜もCBGB'sでバンドを見た帰りに地下鉄の駅からバスを使った。
運ちゃんに「暑いね」といって乗り込んだバスには自分のほか乗客
は誰も見当たらない。それもそのはず、腕時計の針はもうすぐ3時
を指そうとしていたのである。
バスの後ろに席を取り、窓から外を眺めていると、500メートル
ほど走った頃だろうか、止まったバスの乗客口から一人の男がステ
ップを昇がって来るのが見えた。
その男は自分の前に座ったようだったが、たいして気にも止めず再
び走り出したバスの窓の外に視線を移した。
2、3分たった頃、聞きなれない音がボーっとしていた俺の耳に入
ってきた。耳に注意を集中すると、また聞こえてくる。
それは爆竹の導火線が燃えるときの音にも似ていたが、その音より
ももっと大きく、そして単発的だった。
発音源はどうも前に座っている男らしい。
窓の外から前に座っていた男に視線を移すと、その男が何か黒い物
を手の中でもてあそんでいた。何かな、と思ったその時、再びバチ
バチっという音と共にその黒い物体が稲妻にも似た光を発したので
ある。
スタンガン・・・?
そう思った瞬間、俺の視線に気がついたのか、その男は下を向いて
いた顔をゆっくりと俺の方に向けた。その男の無機質な眼が俺を凝
視していた。
それまで危ない目にあった事はなかったが、ルームメイトが昼間の
地下鉄の中で黒人達に囲まれバッグを奪われたこともあったし、俺
のアパートから地下鉄の駅に向かう途中の友人が後ろから殴り倒さ
れ財布を盗まれた事もあった。学校の帰りに尾行され、部屋の鍵を
開けたところでショットガンを突きつけられ、部屋の中の物全部を
盗られたという知人もいた。
これらの話を聞いた直後は「気をつけないといかんな」と思ってい
たが、その言葉にはなぜが現実味がなかった。自分には起こるはず
もないと心のどこかで思っていたのかもしれない。
結局、その日は何も起こらなかったのだが、そのバスの中には日本
ではあまり経験する事のない危険が存在していた。
そうさいさい起こることではないが、ここでブロンクスでは、日本
での非日常が起こる可能性が常に身近にある、ということも事実な
のである。
たかがスタンガンを見たぐらいで、と思う人もいるかもしれない。
しかし、その時、人に危害を与えることのできる物を手に持った人
間から1メートルしか離れてないところに、俺はいたのである。し
かも閉じられた空間の中に二人きりで・・・。
その日以来、俺は常に緊張感を持って街を歩いている。
MediaBlitz
12月14日号 NO.60
『たわごとコラム』
私は上等なコートを一着持っている。でも、今までに一度しか着たことがな
い。
ところが、昨日、そのコートを着るチャンスが、2年ぶりにやってきた。
クローゼットの中からそのコートを取り出し、着てみたところ、何かポケッ
トに入っている。結構重くてかたい物だ。
ポケットから取り出してみると、それは本であった。
その時、私はこのコートを最後に着た日のことを思い出した。
あれは、忘れもしない96年の2月29日のことだった。
その日、私はそのコートを着て、結婚を許しを得るために今のかみさんのお
やじさんに会いに行った。
それは、その行き帰りの地下鉄の中で読むための本だった。
佐々木毅著「現代政治学の名著」(中公新書)。
私は、何を血迷って、こんなコムズカしい本を持っていたのだろうか。どっ
ちみち緊張して、読書なんかできなかっただろうに、寄りによって「現代政
治学の名著」である。自分でも理解しがたい選書であった。
私は、しばらくページをペラペラめくってから、その本を本棚におさめた。
そして、今日、私は、かみさんの姉ちゃんのボーイフレンドが、昨夜おやじ
さんを訪れ、私と同じように「あなたの娘と結婚したいんです」と打ち明け
たという話を聞いた。
「日本人の次はロシア人だ」
おやじさんは、ロシア系アメリカ人である未来の義理の息子のことを嬉しそ
うに私にそう話してくれた。
「お前と同じように、上等なスーツとコートを着てたぞ」
おやじさんのその言葉を聞いた時、私は思ったのである。
「彼のポケットの中には、どんな本が入っていたんだろう・・・」と。
今度会った時に聞いてみることにしよう。
ひろ
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