◆97年11月第4週ののぶりてんコラム◆
11月29日号 NO.46
昨日、ゲイ・タリーズ著の『名もなき人々の街』という本を読んだ。
その本によると、以前ニューヨークには、モーニング・コールを仕事とする
人たちがいたらしい。数十人の朝寝坊たちと契約を交わし、毎朝その自宅に
電話をかけてあげるのだ。当然、有料である。
モーニングコールには、いろんな想い出がある。特に、今から数年前の沖
縄・泊港のあるホテルでの出来事は、今でも私の胸に熱く残っている。
それは、私が、自分の住んでた島から沖縄本島に着いたばかりの夕方頃のこ
とだった。
次の日、朝から大事な約束が入っていたため、私は早速ロビー(旅館の受付
に毛が生えた程度のもの)に下りて、モーニングコールをお願いすることに
した。
ロビーには、受付のおばさんと、おそらくご近所さんと思われるおじさん、
おばさんの3人がたむろしていた。
「すいません。明日の朝、モーニングコールをお願いしたいんですけ
ど・・・」
「モーニングコールですか・・・」
と受付のおばさん。心当たりの単語を探してる様子だった。
すかさず隣のおじさんが言った。
「それなら、別に頼まなくても自分でできるんじゃないの。ほら、何番だっ
たっけ、あそこに電話して、”・・・・・番お願いします”って言えばすむ
ことでしょ。」
しばし無言の私・・・・
「あの〜、それって”コレクトコール”のことですか・・・」
「あ、コレクトコールね。コレクトコールじゃないのね。いやいやいや、
アッハッハ・・・・」
今度は、もうひとりのおばさんが言った。
「それだったら、前の道を右にまっすぐ行って、左手のところにある喫茶店
でやってたよ。確か、朝の8時からやってたねえ。でも、何時までかは分か
らんけどね。ちょっと聞いてこようか。なかなかおいしそうだったよ」
寒気がした私・・・・
「いや、それって、もしかして”モーニングサービス”っていうんじゃない
ですか・・・」
「あら、それじゃないの。むずかしいわねえ。アッハッハ・・・・」
それから私は、モーニングコールが一体何であるかを3人に説明した。そし
て、ひとこと、「そんなのやってません」と冷たく言い放たれ、この沖縄産
天然ボケ2連発物語は、無事完了したのである。
なつかしいのう。
今度沖縄に戻る機会があったら、あのホテルに泊まることにしよう。で、聞
いてみるのだ。
「すいません。明日の朝、モーニングコールをお願いしたいんですけ
ど・・・」とね。
ひろ
11月28日号 NO.45
サンクスギビングは、いつもかみさんの実家ですごすことにしている。今年
もみんなでいろんなことをしゃべりながら、七面鳥を食っていた。
突然、かみさんの姉チャンが言いだした。
「ところで、あんたたちに子供が出来たら、どんな名前つけるのよ」
以下は、かみさんとその家族たちの会話である。
「ヒロは、リク(陸)、クウ(空)、カイ(海)がいいって言うんだけど、
私は反対。まったく軍隊じゃないんだから」
「でも、カイなんかかわいいじゃない。やっぱりラーストネームが日本語だ
から、名前も日本語的じゃないとね」
「そうね。ナターシャ・タケナガじゃ、シャレになんないもんね」
「日本の都市の名前を付けるのって、どう。オオサカ・タケナガとか」
「トウキョー・タケナガっていうのは、どうかしら。でも、イマイチね」
「そうそう、コウベ(神戸)っていうのは、どう。地震のせいで有名だし」
「いいわねえ。コウベ・タケナガ。カッコいいじゃない。でも、もう少し変
えられないかしら。コウベ、コウベ・・・・・コウビ。コウビがいいわ。コ
ウビ、コウビ」
「コウビ・タケナガ。サウンド・グッドよね。それにしましょ」
というわけで、この段階で私の子供の名前は、コウビ(交尾)になろうとし
ている。交尾、つまり、アニマル・セックスである。
子供が大きくなった時、その名前の意味について聞いてくるかもしれない。
「お父さん、私の名前の意味ってなあ〜に」
「コウビっていうのはね、アニマル・セックスっていう意味なんだよ」
「ワァ〜オ」
考えただけで、頭がクラクラしてくる。
この名前だけは、どうしても拒否せねばなるまい。
ひろ
11月27日号 NO.44
今日は、サンクスギビング・デイです。
七面鳥を食う日ですね。
しかし、わたくし、七面鳥に具体的な愛は感じませんので、今回は、ニュー
ヨークの寿司屋事情について少しお話ししましょう。
ニューヨークの寿司屋3大巨頭をご紹介しますと、
寿司清(51丁目、Park & Madison)
寿司田(49丁目、5 & Madison)
寿司初(60丁目、1)
となります。
「いや、あそこの寿司屋のほうがいい」という意見もあるかもしれません
が、仕入れるネタのランクで言うと、この3つがニューヨークのトップ寿司
屋となります。(仕入れ元の証言も取ってあります。)
それでは、この3店は、何がどのように違うのでしょうか。
それぞれの店の特徴を簡単にお話ししますと、以下のようになります。
寿司清=雰囲気
寿司田=バラエティー
寿司初=おやじさん
寿司清は、何と言っても雰囲気がよろしいです。それと、基本的には寿司し
かないという、ニューヨークでは極めてめずらしいお店です。その「ニュー
ヨークの寿司屋らしくない寿司屋」という点が、アメリカ人客の強い支持を
集めてます。お一人様=約100ドル
寿司田につきましては、寿司の他にも茶碗蒸しや豚の角煮まで取り揃えてお
りまして、これらがまたウマイのであります。デザートなども手の込んだも
のを作りますし、いろんなものを食べたい方には、もってこいの寿司屋では
ないかと思います。お一人様=約100ドル
寿司初は、なんといってもおやじさんでしょう。他の2店に比べてこの寿司
初は、おそくまでやっておりまして、寿司清の板前さんなどは、仕事の後に
ときどきこのおやじさんの寿司を食べに行きます。「ニューヨークで一番ウ
マイ寿司屋は、寿司初」という合い言葉が、寿司通のあいだにはあります。
お一人様=約120ドル
「ニューヨークの寿司はウマイ」という話があります。
確かにウマイ。
しかしながら、悲しいことに、ニューヨークには「超ウマイ」寿司というの
は存在いたしません。これは、上記のお店の板前さんたちが言ってることで
すので、間違いないでしょう。
「超ウマイ」寿司ならやはり日本です。
築地の場外に寿司清の本店があります。もし日本に帰ることがありました
ら、ちょっとつまんで行ってください。
寿司の深さを再発見なさることと思います。
魚は日本です。
徹
11月26日号 NO.43
今日の夕飯は、ちゃんこ鍋だった。
日本の人に「ニューヨークに住んでる」などと言うと、「毎日、アメリカ飯
ばかり食って、大丈夫ですか」などと聞かれることがある。
とんでもない。海外に出ると、日本人の食生活は極端に右翼化する。
中には、「いや、私はアメリカの飯で大丈夫よ」という人もいるし、住んで
る入れ物がアメリカだけに、日本に比べると、アメリカ飯を食う機会が増え
るのも事実である。
ただ、いざ日本飯を食うにあたっての姿勢が、まったく違うのである。
日本人であることに対する感謝の気持ちとでも言うのだろうか。例えば、鍋
にしても、日本で食う鍋とは、その喜びの爆破力が数段、いや、数十段違う
のだ。
海外で鍋を食う瞬間は、すべての日本人が右翼になる。
そういう意味で、海外生活というのは、日本食の偉大さを再確認できる貴重
な機会なのである。
「日本の右翼団体が人材育成を行なう場合、そのもっとも効果的な方法は、
彼らを海外に数年滞在させることである」
以前、そんなことを書いたことがある。
今回説明したように、私たち海外に住む日本人は、日本の飯を食う度に、そ
の文化の偉大さをネギや白滝と一緒に噛みしめるのである。
私がなぜ右翼団体に海外研修をすすめるか、これでよ〜くお分かりいただけ
たと思う。
風
11月25日号 NO.42
「スキンシップ必要説」というものがある。
人間には、必要なスキンシップ量というものがある。これは、日本人がどう
のアメリカ人がどうのという問題ではなく、人間は本能的にある程度のスキ
ンシップを必要としているのである。
キスする。抱きしめる。握手する。肩に手を置く、などなど。これは、異性
に対してだけではなく、子供や同性とのスキンシップも「必要なスキンシッ
プ量」にカウントされる。
ところが、日本人の場合、その必要量に満たない場合が多い。女性は、子供
に触るチャンスがあるからまだマシだが、男性の場合は完全に足りない。と
いうわけで、日本人男性は、スキンシップの欲求不満状態に陥るのである。
日本で痴漢が多いのは、日本人男性にスキンシップが足らないからである。
どうしても何かに触りたいという欲望を抑さえ切れずに、手を忍び込ませた
り、下腹部を押しつけたりするのである。
従って、彼らがもっとスキンシップを持つようになれば、痴漢はグッと減る
はずだ。友達に触り、子供に触り、かみさんに触れば、「必要なスキンシッ
プ量」が満たされ、満員電車の中でジタバタする必要もなくなる。
具体的な方法とすれば、日本人男性が映画「Shall We ダンス?」のように踊
り始めれば、スキンシップ不足も簡単に解消されるだろう。
彼らが「Shall We ダンス?」すると、痴漢が減るのである。
痴漢撲滅のためにも、日本人はもっともっと人に触る習慣を身につけなけれ
ばならない。
ただし、時と場所と相手をよく考えるように・・・・。
風
11月24日号 NO. 41
『NYC Traffic Jam』
NYの地下鉄を利用していてホームレスを見ない日はないと言っ
ていいほど、そこはホームレスの活動の拠点となっている。
地下鉄に乗っていると、彼らがお金を請いにまわってくるのをよく
見かける。どのくらいの人が彼らにお金を渡しているのかは知ら
ないが、観察してみると一つの車両で2、3人の人は彼らにお金
をあげている様だ。
多くの人はその事について関心がないようで無視をするか、それ
とも寝たふりをしているのかどちらかである。
俺は手元に小銭があるとき、たまにホームレスにお金を渡すこと
がある。お金をあげる事は彼らの社会復帰を妨げるという意見も
あるが、彼らとてやはり今日を生きていかねば社会復帰する明日
もないのではないか、と思うのだ。
しかし、俺のこの行動は物凄く自己中心的なのである。なぜなら、
たとえホームレスのためにと思って彼らに金をあげたつもりでも、
結局自分が後で嫌な思いをしないため、自分が気持ちよくなるた
めだけに彼らやその状況を利用しているのだ。
たかが50セントあげたところでホームレスの生活が変わるわけ
ではないし、第一彼らがそのお金で満足しているかどうかは俺に
はわからない。俺は「俺が良いと思っている事」をしているだけな
のだ。
言い換えれば、俺はただ単に「ホームレスにお金をあげる」という
行為によって、自分自身を満足させているに過ぎない。
んん、なんてわがままな人間なんだ。
そういった意味では、「なんで俺の金をあげなきゃいけねーんだ
よ。あいつらが死のうが俺の知ったこっちゃねーよ」といって無視
している人と何ら変わりはない。彼らは、お金をあげない事によ
って彼ら自身を満足させているのだから。
そして将来、このわがままな男はどこかのボランティア団体にで
も所属し物凄く大きな自己満足に浸っているかもしれない。
MediaBlitz
11月23日号 NO.40
今、さっき、ミッドタウンでカバン盗まれて帰ってまいりました。引ったく
りではありません。カフェでお茶してる間に盗まれたのです。
場所は、49丁目の5番と6番の間の紀伊國屋のとなりのカフェです。土曜
日ですから、お客さんでいっぱいでした。
私はどちらかというと油断しないタイプです。用心深いんですね。でも、今
回はやられてしまいました。
あっという間の出来事でした。気づいた時には、バックはgone。わたくし、
さすがに「ぬお〜」っと立ち上がりました。まあ、その時には勝負はついて
たんですがね。
カバンの中には、お金の類いは入ってなかったのですが、クレジットカード
や免許書などが入っておりました。盗まれた時の基本として、先ほど、カー
ド類はすべてキャンセルしました。
問題はここからになります。
最近、こういうふうに盗まれた場合、よく被害に合うのが、デパートや大型
スーパーの買い物カードを作られて、それを思う存分使われてしまうケース
です。
その類いのカードは、免許書さえあれば作れます。当然、そういう場合は、
犯罪者のみなさんも顔写真の部分は変えて使用するみたいです。
今回、彼らにとって問題なのは、私の名前がもろジャパニーズであることで
す。その部分はゴマカシがききにくいのですね。
なにはともあれ、いざという時のために、ポリスにレポートしておく必要が
あります。そこで、わたくし、早速連絡いたしました。
向こうも慣れたものです。チョチョイのチョイでやってくれました。ついで
に、
「こういう電話って、一日に何本くらいかかってくるの」
と聞きましたところ、
「100本くらいかな。それと、直接ポリスステーションに来る人もいるか
ら、全部でどのくらいになるかは見当もつかないなあ」
との答え。まったく大変な商売です。
ちょっとエキサイティングな土曜の午後になってしまいました。こういう目
に遭いますと、自分がニューヨークにいることを再確認できます。近頃、少
し緊張感が足りませんでしたので、ちょうどいいですね。
みなさんもお気をつけください。
徹
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