◆97年11月第2週のぶりてんコラム◆
11月15日号 NO.32
先日、イースト・ビレッジのスターバックス・カフェで、ある日本人女性と
「男性と女性の役割」について話した。
その時、私は、「ああ、自分は男性と女性の役割について、こんなふうに考
えてるんだな」と再確認したのである。
以下にその「考え」をご紹介しよう。
私は個人的に、「男性=狩猟民族」「女性=農耕民族」というイメージを
持っている。
つまり、男性は本能的に外に出て獲物をとってきたいと思い、女性は内にこ
もりがちで家族の世話に燃える、というものだ。
世の中には、これと同じ考えを持つ人もいて、「だから、男性は外に出て、
女性は内にいるべきだ」なんてことを言ったりするのだが、そういう意見を
聞く度に、私は「それって、逆なんでないの」と言いたくなる。
物事にはバランスというものがある。それは人間も同じだ。
男性は狩猟が好きだからといって、そればっかりやらせていたら、狩りに
行ったまま、帰ってこなくなったりする。
これを日本では、「過労死」という。
女性の場合も家にばかりいたら、社会から取り残され、対社会能力が退化す
ることになる。
日本に羞恥心のないおばさんが多いのはこのせいだ。
これらの現象は、本能をおさえることができなくなったために発生する。だ
から、そういう行き過ぎを防ぐためにも、本来は、その性の本能をおさえる
ようなシステムでなければならない。
つまり、狩猟民族の男性が内に入り、農耕民族の女性が外に出るのである。
男性は、内に入っても、できるだけ外に出ようとするだろう。でも、少なく
とも狩りに行って戻ってこなくなるようなことはない。
また、女性は、その本能からいって、外に出ても家庭を大切にすることは間
違いない。ついでに、社会にさらされてることによって、羞恥心もキープす
ることができる。
つまり、「本能」と「システム」が相殺し合って、微妙なバランスを生み出
すのである。
このようにして、極端な片寄りのない男女の役割を構築する。
で、しばらくたって、男性が農耕民族的に、女性が狩猟民族的になってきた
ら、また立場を変えたらいいではないか。
1000年周期ぐらいで交代したらいい。
すばらしいアイデアだと思うのだが、皆さんはどのようにお考えだろうか。
というわけで、私は今から夕食の準備にとりかかることにしよう。
風
11月14日号 NO.31
昨日の『Daily News』によると、歌手のホイットニー・ヒーストンが、来た
る11月29日、ワシントンDCで行なわれる統一教会の合同結婚式で歌うこ
とになったらしい。彼女側からは、「統一教会だとは知らなかった」という
コメントが出されている。
ちなみに、その出演料は、45分間のパフォーミングで約1億円。時給で計
算すると、1時間約1億3千万円である。1週間働けば、おそらく小さな国
のひとつぐらいは買えるだろう。
NYJJ(ニューヨーク在住日本国籍日本人)社会でも、統一教会はかなりの力
を持っている。
それ系の日本食レストランも数軒あるし、43丁目の5番街と6番街の間に
は、会館のようなものまである。
大したもんである。
「え〜? 統一教会〜?」と毛嫌いする人もいるかと思うが、こういう異国
の地では、一種の「サポート・グループ」である宗教軍団は、なかなか心強
い味方ではある。仲間に入れば、いろいろと面倒を見てくれるからだ。
それが原因かどうかは分からないが、NYJJの中には、統一教会の他にもいく
つかの宗教グループがある。
創価学会、幸福の科学、真如苑、キリスト教系グループなどなど。各団体と
も、結構楽しくやっているようだ。
先にも書いたように、よく面倒を見てくれるし、うまく行けばその宗教を通
してアメリカ人ともお友達になれたりする。
多くの日本人は、アメリカ人の友達をつくることに命を賭けがちである。ア
メ友が欲しい人は、宗教に走りなさい。
ここニューヨークでは、日本人に比べて、韓国人のコミュニティーの方が
しっかりまとまってる。その原因のひとつは、彼らがキリスト教を軸にして
コミュニティーを構成しているからだ。
宗教はコミュニティーの核になりえるのである。
ただ、NYJJ社会の場合は、そうはうまく行かないだろう。日本と同じよう
に、上記の宗教グループたちは、お互いにワンワンキャンキャンいがみあっ
ているようなのだ。
各宗教グループの皆さん、こんな小さい日本人社会でもめてもしょうがない
じゃありませんか。みんなで協力して、よりよいNYJJコミュニティーを作り
ましょうよ。
でも、みんなで何かやるとしたら、すぐに
「そんなら手初めに、合同結婚式でも」
「いやいや、最初はみんなでお題目をあげましょう」
てな話になりそうな気がする・・・・・
う〜ん、所詮は無理な話なのかもしれない。
風
11月13日号 NO.30
11月9日付けの日本経済新聞に「復権! ラジオの時代」という記事が掲
載された。それは、ラジオが今、再び注目され始めているという内容のもの
だった。
その記事の中に、「日本でもトークだけで構成するラジオ番組が始まった」
という意味のことが書いてあった。日本には、これまでトーク・ラジオが存
在しなかったらしいのだ。
そう言われてみればそんな気がする。一日中誰かがしゃべりまくり、リス
ナーたちがガンガン参加する日本のラジオ番組というのを、私は聞いたこと
がない。
ちなみに、ここニューヨークには、トーク・ラジオがあふれている。いや、
ニューヨークだけではない。アメリカ中にかなりの数のトーク。ラジオが存
在する。
ここで私が言いたいのは、「日本って、遅れてやんの」ということではな
い。どちらかと言うとその逆で、「ってことは、日本人はラジオというメ
ディアをまだしっかり使ってないわけで、その分これからしっかり使うチャ
ンスがあるってことじゃないの」という「明かるい未来」型意見なのであ
る。
ラジオというのは、視聴者が非常に参加しやすいメディアである。基本的に
は音さえあれば誰だって参加できる。
日本には、一般の人々が参加することによって、おもしろさを練り上げてい
くメディアがまだまだ少ない。そういう意味で、日本でのトーク・ラジオ
は、まったく新しいタイプのメディアになる可能性を秘めている。
日本でこれからおもしろくなるメディアは、「インターネット」「デジタル
衛星放送」、そして「ラジオ」である。これらに共通するのは、視聴者が作
り手側に回ることが比較的簡単であるという点だ。
日本の皆さん、これからラジオがおもしろくなるよ。ついでに、ニューヨー
クでも新しい日本語ラジオが動き出すかも・・・・
さっさと金貯めよ。
ひろ
11月12日号 NO.29
私は、昔、沖縄で海の仕事をしていた。漁師とダイビングである。
その2つの職種に従事したせいで、私は以下の3つのものを著しくなくし
た。
1)記憶力
2)言葉
3)柔軟な口の筋肉
息ごらえすると、脳ミソの細胞が大量死する。だから、素潜りとかダイビン
グをやってる人間は、大体記憶力が悪い。
私の場合も、かなり無理したせいで、天文学的量の脳細胞を死滅させてし
まった。そのせいで、記憶力が急激に落ちた。
また、私が海に走った原因は人間嫌いのためだった。当然、その逃走によっ
て人とのコンタクトが一気に減少し、話す言葉を忘れた。
脳ミソの細胞が減り、言葉を話さなくなると、口の筋肉に問題が発生する。
脳と口の情報の通りが悪くなり、ついでに話さないものだから、口の筋肉が
退化する。
以上のようにして、私は上記の3つを沖縄の海に捨ててきたのである。
そして、ここに私の英語力が向上しない原因がある。
英語を身に付けるためには、その3つが必ず必要である。しかし、私にはそ
れらが欠けている。
その結果として、アメリカに来て5年半もたつのに、ビンビンした英語が未
だに話せない。
困ったものである。
そこで、なんとかリハビリしたいのだが、私のように日本語を基準にして英
語を考える人間は、まず第一に日本語のリハビリに励まなければならない。
日本語を読み、書き、話し、聞くのである。
まさか、アメリカに来てまで、日本の小学生みたいなことをやるとは思わな
かった。
そんなわけで、私は現在、毎日、日本語を読み、書き、話し、聞く努力をし
ている。
アメリカにも日本にも、「職業選択の自由」がある。でも、間違っても、息
ごらえを強いるような職業についてはいけないのだよ。
ひろ
11月11日号 NO.28
昨日の『Daily News』に1998年度のZagatのレストラン・ランキング表
が掲載されていた。最近、日本語版のZagatも出てるらしいから、日本の方々
もご存知かと思うが、まあ簡単に言えば、Zagatというのは、ニューヨークの
レストランの評価が載ったガイドブックみたいなものである。
まずは、「New Yorker's Favorites」から。
「高い系レストラン」の一位は、Union Square Cafe。「安い系」では、Krispy Kreme(ドーナツ屋らしい)。
日本食レストランでは、Nobuが「高い系」の第12位に入っている。
「Chinese」の一位は、Shun Lee Palace。「Pizza」では、Totonno
Pizza。
その他にも、「Hamburgers」の一位は、Wollensky's Grill。「Seafood
」では、Le Bernardin。「Steakhouses」は、Peter Luger。
このPeter Lugerには、私も行ったことがある。西部劇風の雰囲気のいいレ
ストランである。
また、ウエイターのおじさんたちが、なかなかしぶい。この道何十年という
感じで、その頃日本食レストランでウエイターをやってた私は、
「こんなウエイターになりたいもんじゃのう」
などと考えたりした。
でも、ここに行った後は、1ヵ月は肉を見たくなくなるはずである。
この他にも「People-watching」するのにベストなのは、La Grenouille。
「Best Service」では、Lespinasseなどとなっている。
レストラン側もこのZagatの結果をけっこう気にしたりして、その結果をレス
トランの前にはり出したりするところもある。
うまいもの食って、それをランキング表にして、レストランに祭り上げられ
てるんだから、これはおいしい商売である。
たまには、レストラン側もランキング表会社のランキング表なんか作ってみ
たらどうだろう。
お互いに緊張感があって、いいと思うのだが・・・・
風
11月10日号 NO.27
『釣人大全』
もうNYから夏が去って数ヶ月になる。
個人的に、いつも暗い空に覆われ、黒っぽいコートなどを
着込んだ人が多くなる冬の方がNYらしいと思うが、
やはりNYは夏が一番楽しい。
その理由は単純、いろんな人が外に出てくるからだ。
薄着のおねーちゃんをただ眺めているだけでも十分
目の保養になるが、カフェでコーヒーをすすりながら、
いろんな格好をしたいろんな人種を眺めているだけで
あっという間に時がたってしまう。
むかし自分が住んでいた所はヒスパニックの居住区で
いろいろな人種を観察、というわけにはいかなかったが
気温が高くなれば彼らは必ず夕方から道端にでてきていた。
バスケットや、追っかけ合いをする子供たち。その横で、
持ち出してきた椅子に座りゴシップを語り合っているのか、
教育について語り合っているのか知らないが、
何やら早口のスペイン語でしゃべりあっているおばはん達。
おっさんどもはビールを片手に何やらドミノなどをしていた。
ストリートには彼らの生活があり、そこは彼らの
社交の場でもあった。
一般的にNYで危ないといわれている所は彼らマイノリティーや
貧民の住む、ハーレム、サウス・ブロンクスといった所である。
しかし、NYで一番安全な所もまた、そういった人々がすむ所らしい。
それは、警察がいつも見回っているとかそういった理由ではなく、
ただ単に人々がストリートに出ているからであるという。
その道ぞいに店やレストランを持つオーナーなどは、
まわりでいざこざが起こりその危害が自分の所におよぶのを嫌う。
親なども、自分の子どもに何か起こりはしないかといつも
気にしている。それに加え、人が集まると自然と他人の「目」が
そこに集まるらしい。
こういった無意識下の注意集中が、犯罪防止に莫大な威力を
発揮しているという。
こういうと難しく聞こえるが、ようはそこに人がいればいいのだ。
それゆえ、ストリートが社交場であるヒスパニックの居住区に
NYで一番安全な場所があるのも納得がいく。
昔の家のまわりには、夜でもストリートにある程度の人がいた。
いま考えれば、それはまあぼちぼち安全だったという証拠だろう。
今はマンハッタンのイーストサイドに住んでいる。だんだんと
近づいてくる冬を感じながら、また夏が来んかなぁ、と思う
今日このごろである。
MediaBlitz
11月9日号 NO.26
西オーストラリアのバーディ族はジュゴンを食うらしい。先日読んだ週刊誌
に載っていた。
ジュゴンは、一般に「人魚」とも呼ばれる動物である。どちらかというと、
愛らしい生き物だ。
このジュゴンを彼らは食う。かなりおいしいらしい。同じ海洋動物の鯨よ
り、牛に近い味だという。
「いや〜ん、そんなの残酷じゃな〜い」という声も当然あるだろう。でも、
私は正直言って、食ってみたいと思う。
実を言うと、沖縄にもジュゴンがいる。一般には絶滅したと言われている
が、たまーに漁師の網にかかることがある。
そんな時、彼らは知り合いに電話して、早速、宴会を開く。私が通ってた大
学の教授たち(海洋学科)にも度々お呼びがかかっていた。
で、みんなで「やっぱりジュゴンはうまいのう」とか言って、泡盛で乾杯し
ながら、その「人魚」をガツガツ食うのである。
基本的に、人間は、生物を殺して食う。「愛らしい」だの「かわいらしい」
だの「貴重な生き物」というのは、その後に来ることだ。
私は、そのことを「いや〜、昨日のジュゴンはうまかったなあ」としみじみ
と言う、うちの大学の海洋生物学の教授から学んだのである。
ジュゴンにしても、「かわいそ、かわいそ」とお墓に埋められるよりも、
「うまい、うまい」と食ってもらうほうが、きっと幸せだと思うしね。
ひろ
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